キャンプに行きたくない気持ちは正常だ。 そして、行きたい気持ちもまた正常だ。
この2つの間にある“温度差”は、放っておくと誤解を生みやすい。
「行きたくない人」と「行きたい人」が衝突しない距離の取り方 を言語化する。
行きたくない人が抱える“本音”は、とてもまっとう
行きたくない人が心の奥で思っていることは、だいたい共通している。
- 疲れるのが嫌
- 虫・汚れ・天候が不安
- 準備が多くて気が重い
- トイレや夜の環境が怖い
- そもそも好きじゃないかもしれない
- 好きな人ほど“意味”が見えていない
どれも正しい。本当に正しい。 自然の中は不快要素が多いし、安心できないのは当然だ。
嫌い側は、好きになる理由がまだ生まれていないだけ。
行きたい人は「喜びポイント」が違う言語になっている
一方で、キャンプや釣りが好きな人の世界の捉え方は、かなり独特だ。
- 朝の光が気持ちいい
- 火をいじってるだけで楽しい
- 自然の不便さが心地よい
- テンションやリズムが日常と違う
- “自分が戻る感じ”がある
これは才能ではなく、 「偶然、好きになる入口に触れたかどうか」 の違いだけだ。
行きたくない人と行きたい人は、 ただ“理解している世界の構造が違う”だけで衝突の必要はない。
衝突しない距離の取り方|3つのルール
価値観が違う2人が、キャンプで揉めずに共存するためには、距離感の設計が必要だ。
結論はシンプルで、次の3つだけ覚えておけばいい。
① 行きたくない人は「嫌いでOK」のまま参加していい
「楽しませなきゃ」「好きにならないと悪い」 この義務感がいちばんしんどい。
嫌いな人は、嫌いなままでいい。
むしろ、その立場を維持したまま参加する方が健全だしラクだ。
② 行きたい人は「全部を共有しようとしない」
キャンプ好きは“良さ”を伝えがちだ。
・星が綺麗! ・空気が違う! ・火って癒されるよね!
だけど、嫌いな人にはそれが負担になる。
「こう見えている人もいる」ぐらいの距離で十分伝わる。
③ “役割”を固定すると、衝突が消える
役割を偏らせると不満が爆発する。
・行きたい人が全部主導 ・行きたくない人が全部ついていく ・準備と片付けがどちらか一方に集中
これではキツい。
だから、最小単位でいいから“役割の分散”が必要になる。
- 行きたい人:設営・火起こし・運営
- 行きたくない人:荷物を少し持つ、写真だけ撮る、調理だけ手伝う etc
嫌い側にとって「境界を決めて参加する」が最もラク。
この距離感があると、関係性は驚くほど軽くなる
行きたくない人は、 「嫌いでも参加していい」と思えるだけで心が軽くなる。
行きたい人は、 「全部分かってもらおうとしない」と理解できれば、無理をしなくて済む。
どちらの世界も正しくて、どちらも間違っていない。
強要も同調も必要ない。 ただ“違う言語の人間同士が、気軽に同じ場所にいる”だけでいい。
素人だけど、検証して最適は選ぶ。
